千都麦酒

茶の湯の本質を種々難解に説明することはできるが、一言で語るとすれば“もてなしのデザイン”というのが自論である。
亭主と客が茶を喫するという他愛もないことを通じての“もてなし”表現が茶室という空間になり、作法になり、懐石という料理になり、茶の道具になったのだとするなら、たかが○○されど○○という言葉は実に味わい深いと言わざるを得ない。
現代という量産化時代の対応は、モノだけではなく、多くの場合、人の心にも影響を及ぼしている。
しかしながら、こうした時代だからこそ、もてなす心に愚直に答えるモノとコトが求められるのではないだろうか。